ブログ
ポーランドの旅1-ワルシャワ(1)-
ポーランドからベルリンに戻ってきました。ポーランドは未だ夏真っ盛り!!!という暑さだったのに、隣国であるはずのドイツ・ベルリンはすっかり秋の陽気になってきました。もう半袖では少し寒いくらいです。
では、早速この旅をゆっくり振り返っていきます。まずは、ポーランドの首都、ワルシャワから。
第二次世界大戦でワルシャワ市民はナチス・ドイツ軍を相手に2ヶ月間の死闘を続け、その抵抗に驚いたドイツ軍は火炎放射器でワルシャワ市内の建物を片っ端から焼き払ったそうです。その結果、20万人の犠牲者を出し、8割以上の市街が灰になったといいます。
そんな焼け野原になったはずの旧市街と新市街周辺はワルシャワ市民の手によって見事に復元されています。過去の資料や生き残った住民の記憶を頼りに、『壁のヒビ一本まで忠実に』再現。1953年、ふたたび息を吹きかえしたワルシャワの景観には、ただただ驚かされました。
プラハやブダペストなど東欧の美しい古都の街並みを数々見てきましたが、私はこのワルシャワがとりわけ好きになりました。実際には第二次世界大戦後の復興期に再建して出来た街並みではあるけれども、辛く悲しい過酷な歴史に決して負けない不屈の精神をめいいっぱい感じるからです。
非情にも破壊され、どんなに壊滅的な状態であろうとも、元に戻そうとした、そして実際に完璧に近いほど元に戻したワルシャワ市民の町への愛情、情熱、想いがここには流れています。それをヒシヒシと感じます。
そんな市民の努力によって従来の街並みが忠実に復元されたワルシャワ歴史地区は1980年にユネスコ世界遺産にも指定されています。
旧市街の北側にあるのが、このバルバカンという15~16世紀頃に造られたバロック様式の砦です。この砦も第2次世界大戦で破壊されていますが旧市街と同様に1954年に復元されています。
ワルシャワ市街を歩いていて最も心打たれたのは、『ワルシャワ蜂起記念碑』を前にした時。バルバカンから少し歩いたところにありました。
『ワルシャワ蜂起』・・・冒頭にも書きましたが、1944年8月1日、ドイツ軍に対してワルシャワ市民が一斉に蜂起しました。最終的には20万人の死者を出し市街のほとんどを破壊され、10月2日に降伏したのです。
ワルシャワ蜂起45周年を記念して、1989年8月にこの碑が建てられたそうです。
どの像も一体一体の表情は、深い悲しみに満ちていて、儚く、市民の苦しさを体現しているようでした。