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ハンガリー・ブダペスト旅行記①~観光編~
随分ご無沙汰しちゃいました・・・ブダペストの旅行記を更新しなきゃと思いつつも・・・
実は1ヶ月を切ったイタリアでの結婚式の準備に最近なにかと追われていて、余裕が無い日々です(^^;)今日は一気に更新しちゃいますね!!
ブダペストは、一言で感想を言うならば、“美しい街”。
もうとにかく、ビューティフォー♪♪♪街に魅せられ、街に癒された旅でした。
これまで訪れたヨーロッパの街の中でも5本の指に入るほどの絶景に出会うことが出来て、感無量☆毎度の事ながら今回も思うが侭にシャッターを押した為に・・・載せたい写真が山ほどありますが、いつもついつい長くなりすぎる傾向があるので、サクッと短めブログを目指します?!(笑)
恒例になってきましたが、今回も3部構成でお届けします。ブダペストに興味のある方、旅行好きな方、是非ともお付き合いください♪
◇ブダペスト旅行記①~観光編~
◇ブダペスト旅行記②~ショッピング編~
◇ブダペスト旅行記③~飲食編~
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ではさっそく“観光編”です。
ブダペストは、ベルリンから飛行機で1時間10分で到着します。しかもドイツもハンガリーもシェンゲン協定実施国なので、飛行機を降りても入国審査などは一切無く、そのまま到着ロビーに出られるので国内線感覚でとってもスムーズ。
イギリスに住んでいた時とは大違いです。イギリスはシェンゲン協定国ではないので、ロンドンからヨーロッパのどこへ行くにもパスポートに出入国のスタンプが押されて、スタンプの数がやたらと増えるため、それはそれでなんとなく嬉しかったわけですが、毎回EU圏外パスポート保持者の列に並ばされる為、入国審査に時間が掛かって仕方ありませんでした。そういう点ではシェンゲン協定実施国への渡航はとっても便利♪
蛇足ですがこのシェンゲン協定は、「アイルランドとイギリスを除く全てのEU加盟国、及びEUに非加盟である、アイルランド、ノルウェー、スイス、リヒテンシュタインの計29ヶ国が協定に調印して、そのうち25ヶ国が実施」しているそうです。
あっという間に前置きが長くなりましたが・・・
ブダペストの街について簡単に綴っておくと・・・“ドナウの真珠”、“ドナウの薔薇”と讃えられるほど美しい街で、1987年にドナウ川の河岸に見られる「王宮の丘」や「くさり橋」、「国会議事堂」などの歴史的建造物とその景観がユネスコ世界遺産に指定されました。さらに2002年には、「英雄広場」や「アンドラーシ通りとその周辺」が文化遺産に登録されています。
ご紹介したい場所はこれ以外にも山ほどありますが、今挙げた世界遺産のリストに沿ってサクッと書いていきます!
◇王宮の丘・王宮◇
ブダペスト観光のハイライトといえば、王宮の丘とドナウを見下ろす王宮。 丘のほぼ中央には歴代の王たちが戴冠式を行ったマーチャーシュ教会↓があります。
ブダペストのシンボル的な存在であるこの教会は、ゴシック様式で建てられ荘厳な雰囲気が漂っていました。屋根がカラフルで目を引きます。この屋根は陶磁器で有名なジョルナイ製なんだとか。
↓こちらが王宮。王宮の丘の南側に聳え立っていて黄緑色のドーム型の屋根がなんとも品があり優雅な趣。
夜の王宮はまばゆい光を放っていました♪
↓こちらは、漁夫の砦。
マーチャーシュ教会の裏側にあるネオロマネスク様式で建造されたこの砦は、戦いに使われたものではなく、マーチャーシュ教会を改築した建築家のシュレックが街の美化計画の一環として建てたものなんだとか。この「漁夫の砦」という名前は、かつてここに魚の市が立っていたことや城塞のこのあたりはドナウの漁師組合が守ってきたことなどから付けられたそうです。
ここからの景色がとにかく素晴しい!!!お天気もよくて最高でした♪
◇くさり橋◇
ドナウ川を境に西がブダ、東がペスト。この二つの街を最初に結んだのがこのくさり橋だそうです。ロンドンのテムズ川にかかるロンドン橋の建設に成功したイギリスから、設計技師のT.W.クラークと建築家アダム・クラークを招いて1849年にこの橋が完成。
太陽が降り注ぐ中でのくさり橋の姿も風格があって荘厳ですが、夜は電灯に照らされてなんとも魅惑的な雰囲気を醸し出しています。
この場所はハンガリー人にとっては特別な思い入れのある歴史的場所だそうです。1849年の対オーストリア独立戦争では、完成したばかりのくさり橋を壊すと脅され、結局戦いはハンガリーの敗北に終わりオーストリアの「新絶対主義」の支配下に。
さらに、第二次世界大戦ではドイツ軍に橋を破壊され、1956年のハンガリー動乱では、かつてナチス・ドイツからハンガリーを救ったはずのソ連の戦車が今度はハンガリーに軍事的圧力をかけるためにこの橋を渡りました・・・。
映画「君の涙 ドナウに流れ ハンガリー1956」は、このハンガリー動乱を描いた秀作で、この映画を観て私は初めてハンガリーの歴史を知りました。
そして1989年10月23日、ハンガリーが社会主義に終止符を打った日、ハンガリーの市民は赤、白、緑の国旗を持ってこの橋に集まり、新しい時代の幕開けに喜び合ったそうです。この橋はハンガリーの波乱に満ちた激動の時代をずっと見つめ続けてきたんですね。
◇国会議事堂◇
バロック様式とネオゴシック様式が入り混じったヨーロッパ有数の建造物といえば、このブダペストにある国会議事堂。 1885年に着工されて17年の歳月をかけ、1902年に完成したそうです。
設計はハンガリー人の建築家シュテインドル・イムレで、彼は世界中を回って様々な国や時代の建築様式を学び、その結果、様々な様式を取り入れた「折衷主義」を彼のスタイルとして確立したようです。その話に大いにうなずける折衷主義建築の傑作!ドナウ川のペスト側の岸辺でもっとも華やかな美しい景観を作り出していました。
◇英雄広場◇
ハンガリー建国1000年を記念して、1896年に造られたブダペスト最大の広場。ベルリンの戦勝記念塔ジーゲスゾイレにもちょっと似てますが、あちらが金色の勝利の女神ビクトリアなら、こちらは緑色の大天使ガブリエル。
そして、記念碑の左右に扇状に並ぶのは歴代の国王や将軍、芸術家など14人のハンガリーの英雄だそう。さらに左右の扇状の柱上には4体の像が見えますが、「労働と繁栄」、「戦い」、「平和」、「学問と芸術」を象徴しています。↓は左側の扇です。
この英雄広場の裏手には1k㎡にも渡る大きな「市民公園」があります。1896年の建国千年祭ではこの公園が博覧会場になったそうです。今も昔も市民のための公園。ブダペスト市民の憩いの場所。私たちが訪れた時には、蚤の市のような“青空市”が開かれていました。売ってるものは・・・別にこれといった物はありませんでしたが、この活気に触れるのは、なかなか楽しい経験でした。
ブダペストといえば温泉!!!市民公園内には、 ハンガリー映画「反恋愛主義」にも登場したセーチェニ温泉があります。この黄色い建物、劇中にももちろんハッキリと映っているのですぐに分かりました。
世界でも有数の温泉大国ハンガリー。なかでもブダペストは100を越す源泉と50近くの浴場を持つそうで、そうと知ったら温泉に入る気満々で色々と下調べをしました・・・が、肝心の水着を夫婦揃って忘れる始末。しかもこの日は真夏並みの暑さでとても昼間から温泉に入りたくなるような天候ではなかったため、当初の予定を大幅に変更。チラッと覗くだけにしてみました(笑)
本格的な温泉というよりは、日本でいうところの温泉テーマパークで、湯音も最低22℃~平均35℃とぬるめ。水着着用が一般的。それにしても炎天下の中、沢山の方々が温泉を楽しんでいたのにはちょっと驚きでした。
◇アンドラーシ通りとその周辺◇
アンドラーシ通りは、“ブダペストのシャンゼリゼ”と呼ばれる大通り。
確かに世界の一流店が立ち並び、大使館、閑静な高級住宅郡、国立オペラ劇場なども連立していて厳かな雰囲気の通りです。
とまぁ、サクッと観光編をお届けするつもりが、またしてもなが~い記事になってしまいました。いつもすみません(><;) それにしてもどこもかしこも素晴しい景色に囲まれていて、歩いているだけで笑顔になれる街でした。
次回は「ハンガリー・ブダペスト旅行記~ショッピング編~」を今度こそ短めに?!(笑)お届けします☆